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No. 202 (Fri)
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Date 2010 ・ 04 ・ 23

君には、ジジの声が聴こえる?

「 わたし、前は何も考えなくても飛べたの。でも今はどうやって飛べたのか解らなくなっちゃった。」
 
ラピュタ、ナウシカ、思い出ぽろぽろ、ぽんぽこ、紅の豚、その他諸々スタジオジブリには沢山の素敵な映画があります。
全てに各々の特徴的な魅力が備わっています。
そんな良き作品の中でも、僕が最も多く観た作品は『魔女の宅急便』です。

冒頭の一文は、主人公のキキが画家のウラスルとの会話の中で呟いた一言。
子供の頃は何気ない台詞でしかなかったこの言葉。
けれど真剣にモノを創るという事に取り組み始めて以来、心の奥に染み込み、深く共感する事が出来るものなりました。

キキはある日突然、空を飛べなくなります。
その理由の解釈は種々ありますが、大方は様々な出来事から深く落ち込んだ為だと言われています。
しかし、僕は別の感じ方をしました。
この物語はキキの成長記であり、幼年期から思春期、あるいは自立という命題を描いたものだと思っています。
そしてキキを襲うスランプは、成長期に立ちはだかる壁。
別の言葉を使えば、現在のステージからもう一つ上のステージに登る時に、越えるべき山を示していると言えます。

ところで、この台詞の後には、こんな会話が展開されます。

「魔法ってさ、呪文を唱えるんじゃないんだね」
「血で飛ぶの」
「魔女の血か・・・・いいねえ。私そういうの好きよ・・・・魔女の血、絵描きの血、パン職人の血・・・・神様か誰かがくれた力なんだよね。おかげで苦労もするけどさ。」

血・・・、魔女の血、絵描きの血、パン職人の血、そして写真家の血。
モノを創る人、写真、本、絵、文章、彫刻、音楽、料理、服、建築、何でも良いです。
ただ、自己の心の発露を起点とした行動に重きを置いている人ならば、この言葉達を理解出来るでしょう。

そして、今夜も『魔女の宅急便』を観ました。
『良い写真とは何か?』その答え探しの旅路。

写真を撮り始めて、15年。
30歳の僕は、人生の半分を写真に没頭してきたにも拘らず、未だにこんな根源的な命題を考え続けています。
勿論ただ考えているだけではなく、ちゃんとその時々に答えは出しています。
けれど時を追う毎に、僕のステージも変わり、新たなる答えを紡ぎ出す必要が出てきます。
そしてその答えは残るもの、残らないもの、沢山降り積もっています。
しかしながら、それは他人に語るべきではないもの、いや自らが主体的に生み出さなければ意味の無いもの、それこそ経験則に近い存在として僕の中にありました。

そんな僕の答えではありますが、今日は何となく写真の本質に迫った言葉を紡ぎ出せた気がするので、公の場において発言してみよう。
そう思い、この言葉を記します。

『放たれた輝きを捉えて増幅すること。もしくは、闇に光を当ててあぶり出すこと。光を受け止めること、光を与えること。光があれば闇がある。闇の中の光は強い。二律背反を包括しつつも、追い求めるのは光。写真は、光。』


でもきっと、この答えも自ら否定し、別の答えを紡ぎ出す時がくるのでしょう。
それはそれで、良いのです。

ただひとつ、自信を持って言葉それは・・・。
『落ち込んだりもしたけれど、私は元気です。』(糸井重里によるキャッチコピー)


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新建築写真部中山の撮影後記 // コメント(3) // トラックバック(0) // Top

No. 194 (Mon)
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Date 2010 ・ 03 ・ 01

撮影後記_2 ほうとう不動

実名や職業を公開してブログやmixiをやっていると、たまに『どうやったらカメラマンになれますか?』という質問が来ます。
しかし、僕はいつも答えに窮してしまいます。
『どうやったら銀行員になれますか?』と質問されれば、『銀行に就職しろ。』と言えばいいのですが、カメラマンだと難しいのです。
僕はカメラマンって、『なる』というより『なっちゃう』という感が強いんですよね。
たぶんカメラマンになる、王道はないと思うんです。
『レンタルスタジオや、専属アシスタントから這い上がる』なんていうのもよく耳にしますが、それをしたからといって、確実に写真を生業に出来る保証はありませんし。
ということで、カメラマンになる方法は、自分で手探りで考えるしかないんですね。
まぁ、そういう事をこなせるガッツや、要領の良さはカメラマンになる為の必須条件かもしれません。
そしてもう一つ、カメラマンになる為の、最大の必須条件を挙げましょう(独断です)。
『カメラを持ったら、無敵になれること。』です。


それは2月5日の事。
夜と朝の間のAM3:45、自宅を出立。
真っ暗な中央自動車道をひた走り、AM6:00に目的地へ。
辿り着いたは河口湖。
その日、僕は最高度の防寒対策を施していました。
なにせ気温は-10℃ですから!

さて、そんな極寒・早朝という状況で何をしていたかと言うと、富士山のすぐ近くに出来た作品の撮影でした。
まずはこの写真をご覧ください。
ほうとう不動

これは携帯のカメラで撮ったものです。
ダメダメカメラで撮っても、富士山がちゃんと写っています。
それは空気が澄んでいるからです。
この空気の透明度を求めて、わざわざ冬型の気圧配置の早朝を狙って行ったのです。
そして結果は、狙い通り。
ゴルゴ13並みの精度でした。

とは言え、いくら何でも-10℃は予想外でしたが・・・。
カメラのファインダーを覗いていると、息が当たる部分が結露。
そしてすぐさまカメラの表面に、パリパリと薄い氷が張っていきます。
これってもしや、豆腐の角で頭を打ったら、本当に死んでしまう世界なのでは?
もしくはバナナで釘は打てるのでは?
そんな事を思わせる、ハードな世界でした。(北海道の人なんかは、普通なのかな?)

でも不思議な事に、ファインダーを覗いている間は、全く寒さを感じません。
そう、冒頭に書きましたが、カメラマンはカメラを持ったら無敵超人になるのです。
例えば250mのビルの屋上から、下を見下ろすなんてのも全然平気です。
そんな時に思うのが、戦場カメラマンの事です。
彼らが銃弾の飛び交う中を、飛び出せちゃう気持ちも分からんでもない訳です。
カメラと使命感とアドレナリンの成せる技でしょうね。

ダイアン・アーバスだったか、『カメラは私の見たい世界を見る為の、パスポートです。』みたいな事を言っていました。(正確に憶えている人がいたら、教えてください。)
まぁ、彼女の意図する所とは意味合いが違うのですが、とにかくカメラマンにとってカメラは、全能感へのパスポートなのです。

という訳で、そんな寒い思いをして撮った、保坂猛さん設計の『ほうとう不動』は今日発売の『新建築3月号』に掲載されています。
その他に、若松均さん『sakura flat』 近藤哲雄さん『するところ』 永山祐子さん『カヤバ珈琲』 柄沢祐輔さん『villa kanousan』なども撮っています。
皆様、どうかご高覧ください。



新建築写真部中山の撮影後記 // コメント(4) // トラックバック(0) // Top

No. 186 (Tue)
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Date 2010 ・ 01 ・ 05

撮影後記_1 イズマリイ・イママット記念館

明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い致します。

さて新年最初の記事は、今年から始める一人撮影後記です。
一部の方はご存知かと思いますが、一時期新建築のオフィシャルホームページで、写真部による撮影後記というブログが行われていました。
割と好評を得ていたのですが、種々の事情から、半年程で打ち切りとなってしまいました。
しかし、未だに現場で『撮影後記はもうやらないんですか?』という問い合わせを頂く事もあります。
そして昨年末から雑誌に撮影者のクレジットが入らなくなった事もあって、プライベートのブログ内で復活させちゃおうと思った次第です。

さて、今年も無事に新建築1月号が発売されました。
p58_イズマリイ・イママット記念館 槇総合計画事務所
p72_ペンシルバニア大学 アネンバーグ・パブリックポリシーセンター 槇総合計画事務所
p118_星のや京都 東理恵/オンサイト計画設計事務所
p128_コーンズ大阪サービスセンター 丹下都市建築設計
p136_Carina store 妹島和世建築設計事務所
p179_大手門学院大学1号館 三菱地所設計


以上が今月号で僕が撮影した作品です。
昨年は日本全国津々浦々、世界各国を飛び回っていました。
その中でも11月から12月は、アメリカ~カナダ2週間の後すぐに、関西1週間の旅、そのインターバルで東京で1件撮影という超高密度な日々でした。
そして上記の作品は、全てその期間に撮ったものです。
いやはや、沢山撮りました。

ではでは、第一回撮影後記の始まり始まり。


それはカナダのオタワでの事。
イズマリイ・イママット記念館の撮影2日目。
僕は粉雪舞う街の中を、一人カメラを担いで歩いていました。
10月の終わりと言っても、やはりカナダですね。
最高気温も氷点下。
寒い。
寒いんです。
とっても寒いんです!
こんなはずじゃなかったですけどね~。

カナダ入国の前日に調べた天気予報によると、オタワの1日目は曇りですが、2日目は快晴との事。
1日目で天気の関係ない箇所の内観撮影とロケハン、2日目で外観と光が重要な内観を撮る仕上げるという完璧な予定をたてました。
しかし、予定は予定。
そして予報は予報です。
2日目の朝、ホテルのカーテンを開けるとそこに広がっていたのは、手が届きそうなくらいに低く垂れ込めた雪雲達。
やっぱりね、そうだろね、しんどいね、未練だね ♪
やれやれ、どうしたもんか・・
いやいや、どうしたもこうしたもありません。
海外の撮影では容易にスケジュール変更は出来ないため、僕に残された時間はあと1日半。
撮影対象の規模からいって、一刻の猶予もないという状態でした。
もう雪でも何でもやるしかない!と一念発起してホテルを出たのでした。

しかしそんな気合い炎も、氷点下での外観撮影では長くは続かないものです。
すぐに燃え尽き症候群に感染した僕は、一旦身体を温めるべく、屋内に戻る事にしました。

ところでイズマリイ・イママット記念館とは、イスラム教シーア・イズマリイ派の最高指導者であるアガカーンさんが、カナダで様々な活動する為の非宗教施設です。
そこは自由に行き来出来るパブリックスペース、職員のみが入れるオフィススペース、アガカーン氏のプライベートスペースの3区画で構成されていて、僕はオフィススペースまでは立ち入る事が許されていました。

僕はそこで暫しの休息としてコーヒーを飲みながら、受付の女性と世間話をしていました。
ひとしきり雑談をし、元気を取り戻した僕は、再び外観の撮影に出る事に。
するとそんな僕を受付の女性が呼び止め、自分の鞄をガザゴソと探り出しました。
はて?なんでしょう?お小遣いでもくれるのでしょうか?
そんな冗談を考えていると、彼女は鞄から毛糸の手袋を取り出しました。
そしてこういうのです。
『あなた手袋を持ってないでしょう。外はとても寒いから、この手袋を使いなさい』と。
な、な、な、なんて優しい人なんでしょう。
でも僕は『その手袋は女性用で小さいから、僕が使うと伸び切ってしまうから、申し訳ない。』と丁重に断りました。
確かに前日の夜に手袋を無くした僕の手は、凍ってしまいそうなくらいに冷えきっていました。
けれどその手袋は、本当に本当に小さいんです。
まるで子供用と言ってもいいくらいに。
それでも彼女は『大丈夫。これは魔法の手袋だから心配ないの。いいから使いなさい。』と言って、ウィンクを一つ。
な、な、な、なんて粋な人なんでしょう。
ここで断ったら、それこそ無粋ってもんです。
ありがたく手袋を受け取り、いざいざ撮影へ。

本当に助かりました。
冬の撮影では気温による体温の低下もさることながら、何よりもキンキンに冷えた三脚を持つ手が辛いんです。
三脚は時に、手の皮が張り付いてしまうんじゃないかと思うくらいに冷たくなる物です。
でも彼女の手袋のおかげで、身も心もホカホカと温かみに包まれて、万全の体勢で撮影する事が出来ました。

そして1時間ほどで外観撮影を終え、再び受付を訪れました。
僕はお礼を言って、その手袋を返そうと彼女に差し出しました。
すると彼女からは意外な言葉が返ってきました。
『あなたはここの撮影が終わったら、次はボストンに行くんでしょう。ボストンもここと同じくらい寒いから、手袋が無いと辛いわよ。それはあなたにプレゼントするから使って。』
なんて事でしょう。
こんな親切な人っているもんでしょうか?
でも一応『そしたら、君が帰る時に困るじゃないか。それじゃあ申し訳ないよ。』と言いました。
けれど彼女は『私は車で帰るだけだから、大丈夫。あなたはまだ旅が続くのだから必要でしょ?』と固辞。
もしかして惚れられた?
いやいや、それはない。
もしかして汝、隣人を愛せか?
いやいや、それはキリスト教だ。シャレにならない。
国民性なんだろうか?
それともイスラム教には、『客人を持て成すべし』といった教義でもあるのでしょうか?
う~む、一体何故なのか分からないけれど、彼女はすご~~~~~~く親切な人だ!
僕は感激して、涙がちょちょぎれそうでした。
そして逆に辛かったのが、僕にはそこで『Thank you very much』と言うくらいしか、語学力も教養も持ち合わせていなかった事です。
もし日本語での会話であれば、もっと気の利いた一言くらいは言えたのですが、それが出来ない。
それこそ、最上級のお礼の言葉を言いたい気分だったのですが、単純に能力が足りないという理由で出来ないのは、何とも言えない歯痒さでした。
結局その後は撮影が忙しかった事もあり、もう彼女と顔を合わせる機会もなく、歯痒さだけが残った2日目となりました。

そして撮影最終日。
前日の夜の天気予報で午後から晴れるという情報を掴んだ僕は、ウルトラC的裏技を使って、正午発の便を19時に変更して、ギリギリまで粘る事にしました。
しかし10時半を過ぎても、空には未だに分厚い雲。
まるで昨日のモヤモヤを引きずった僕の気分のよう。
でも、もう本当に時間がありません。
天気は悪くとも、撮るべき物は撮らねばなりません。
サディク氏(この施設の幹部の一人で、今回の窓口を努めてくれた方。とても優しいおじさん。)の車に乗せてもらい、川を越えた所まで遠景を撮りに行きました。


その道すがら、サディク氏とあれこれ話していました。
オタワの街の成り立ちやら、イズマリイ・イママット記念館の趣旨やら、手袋とそれにまつわる僕のホカホカとモヤモヤやら、アガカーン氏についてやら。
そういった会話の流れの中で、『確かにアガカーン氏は立派な人ですね。でも今の僕にとっては、受付の彼女の方が偉大な存在です。』と軽い冗談をひとつ。
するとサディク氏は笑顔でうんうんと頷いた後に、こう言いました。
『それを聞いたら、彼女も凄く喜ぶだろう。後日私が伝えておくよ。』と。

ハッとしてgood!心の中ですっきり印のガッツポーズです。
言い回しも悪くないし、伝聞で伝わるというスタイルもいいもんです。
僕の気持ちはス~~~と晴れました。
するとどうでしょう。
空の雲が切れだして、僅かですが日差しが出てきたではありませんか!
ウォ~!ありがとうアッラー!

あれ?皆さん、話を作ってると疑ってますか?
でも、これ本当なんです。
事実は小説より奇なり。
もしくは事実は三文小説の如きなり。
とにかくそうして撮ったのが、p60の川越しショットです。
空は雲が覆っているものの、光は当たってコントラストがついているのがその証拠です。

そしてその後、天気は急速に回復。
きりきり舞いで、半日で前2日分のほぼ全カットを再撮影。(僕のキャリア史上最速の動きだったと思います。)
全て終わった時には、何とも表しようがないくらいの達成感でした。
それもこれも、アッラーとサディクと受付嬢のお陰。
できれば彼らにもこの記事を読んでもらいたいものです。
色々な意味で無理ですけどね。

まぁ、こうして天気の悪さなど微塵も感じさせない誌面が出来上がったのでした。
という訳で、皆さん新建築1月号を是非ご覧ください。(立ち読みでも結構。)


スレッド:建物の写真 // ジャンル:写真

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