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No. 11 (Mon)
dayline

Date 2005 ・ 09 ・ 12

中山君の弁明

さて今夜のお題は『中山は現代美術が嫌いなのか?』です。
前回の☆さきこきさ☆ のレスですね。

以前は確かに『現代美術』という言葉が嫌いでした。
というのも、曖昧なカテゴリーである現代美術の名のもとに、あまりにも沢山の不毛な作品と呼ばれるものによって、価値が捏造されていたように感じたからです。
それはもちろん僕の審美眼の未熟さや、精神的若さが手伝っていたと思います。
今ではいわゆる『現代美術』といわれるものの中にも、好きな作品に出会えたので、自分なりにこの言葉を解釈できるようになりました。

それに『現代』なのだから、混沌としていて当然。という当たり前のことを忘れてもいたような・・・。

ちなみにその頃の現代美術のイメージは、『理論の独り相撲』といった感じでした。
作品解説なしでは成立しない作品ばかりのような気がしまして。
「アートとは・・・」とか「価値の転換、云々」とか、はたまた「現代における環境と芸術の関係性が・・・」といった手合いのものです。
まぁそういう芸術理論的なものは僕も好きです。
でもそればかりが先行してしまっていて、先入観なしに作品を見た時に驚きや感動を与えてくれる物に出会えなかったのが、現代美術嫌いの一番の原因です。

結局は見識の狭さが招いた不幸といったところでしょうか。

金沢の『プール』や水戸芸の『目玉木の葉』『新しい漢字』も現代美術というのであれば、「いいんじゃな、現代美術」というのが今夜の解答です。

それとこんな短い文章では、言葉足らずで思わぬ誤解も受けそうなので、まぁ話半分くらいに受け取っていただきた。
そのうちお酒の席でネタがなくなった時にでも続きを話しましょう。


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