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No. 215 (Mon)
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Date 2011 ・ 07 ・ 18

図書館戦争転じて、なかぼん戦争

先日近所に新しくレンタルビデオ店(DVDしか借りないけれどビデオ)が開店。
オープニングセールで1本50円という驚異的な安さ。
ここぞとばかりに両手一杯に借りた中で、今夜は『図書館戦争』全5巻を一気に鑑賞。
子供っぽい内容でしたが、まぁ考えさせられる事もありました。
総合的にみれば、見て良かったなというところです。

ところで文章を進める上で、まずは図書館戦争の概略をば。
これは『フリーター 家を買う』や『阪急電車』など著作がTVや映画で実写化されている、わりと売れっ子の作家有川浩さんの同名小説をアニメ化したものです。

あらすじは・・・、
(以下ウィキペディアから転載)物語の舞台は「公序良俗を乱し人権を侵害する表現を取り締まるため」の検閲が、法律によって認められ、検閲に際しては武力行使さえ許される近未来の日本。検閲から本を守るための組織「図書隊」の奮闘と隊員である主人公の恋愛の行方を描く。

アニメ版では図書隊と検閲機関とのドンパチや、主人公の成長記や恋愛模様が中心となって描かれていて、表現の自由や、表現とはそもそもなんぞや?といった哲学的な内容にまでは及びません。
けれども、これは『設定そのものが面白い系』の作品なので、そこは良しとします。
しかし『設定そのものが面白い系』といっても、ではその設定が突飛なものかと言うと、そうでもない。
例えば中国の文化大革命なんて、表現と言論の自由への検閲行為と武力弾圧が実際に行われたわけです。
それに今でも中国や北朝鮮といった我々の身近な国や、東南アジア、中東やアフリカなど世界中の国々で検閲や言論弾圧は行われています。
もちろん日本でも最近『非実在青少年』という言葉で話題になった東京都青少年育成条例や、教科書検定(一応裁判所判断で合憲)といった表現の自由に対する規制はあります。
まぁとにかく、国家のような権力側による表現の自由に対する規制は、僕らの生きる世界のそこら中に溢れかえっています。

ところで、今回この記事を書くにあたって、僕はこんな事を考えました。
『久々に書くブログで、こんな固い内容で良いのだろうか?しかもオチが浮かばないし・・・。もっとユーモアがあったり、ロマンチックであったり、読み易いものが書くべきではないだろうか?』と。
そこではたと気づく。
『あぁ、これ自己検閲だ。』と。

検閲とは本来、他者が表現者に対して、殊に権力側が表現内容の規制の為に行う行為です。
しかし、人は時に自分自身に対してもそれを行ってしまいます。
そしてその行為の源泉となるのが、他者におもねる気持ちや、臆病さといった、弱い心です。

身近な例え話をしましょう。
友達や恋人に、言われた本人は相当なダメージを受けるだろうけれど、きちんと忠告してあげなければいけない事がある。
けれど結局は言えなかった。

こんな事が、皆さんも一度くらいは経験があるんではないでしょうか。
これは自己検閲が働いた結果です。
そしてここでのポイントは、『言わなかった』でのはなく、『言えなかった』という部分です。

『言わない』、別の表現をすれば、沈黙。
沈黙とは、それ自体が表現と考える事もできます。(あだち充は沈黙を使ったコマ割りが上手ですね。)
それに対して、『言えない』は黙殺。
自分の心の言葉への黙殺なんですね。

このように、自己検閲とは芸術やジャーナリズムといった『いわゆる表現活動』だけではなく、日常の一コマにも入り込んでくるものです。
そしてそれを続けていると、いつの間にやら自分で自分の心の自由を奪ってしまう事になります。
そんな悲しい事って、ありませんよね。
では、どうすればいいのか。
その答えは、推敲です。

すい‐こう【推敲】
〘名〙スル》詩文の字句や文章を十分に吟味して練りなおすこと。「―を重ねる」「何度も―する」

以上MAC標準搭載の辞書より抜粋

推敲とは表現行為を、より良くする為のもの。
より良いとは、刺激的にする、趣を与える、理解し易くする、思いやりを加える、方向性は何でも良いのですが、とにかく自ら表現したい内容を、的確に他者に伝える為の修練であり、まさに人類の英知のひとつだと僕は思っています。
だって、厳しい一言でも、推敲を重ねて相手に上手に伝えられれば、問題も解決するし、心のモヤモヤのスッキリとして、恋人であれば更なるラブラブに、友達であれば更なる深い友情が結べ、場合によっては敵との和解まで出来る訳ですから。
推敲バンザ~イ!

まぁそんな事を考えたので、僕も何度かの推敲を繰り返して、初期衝動を自己検閲に屈することなく、なんとか記事の体裁にあつらえてみた訳です。

これで僕の心も、またひとつ自由に近づいたのでした。
めでたし、めでたし。

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スレッド:モノの見方、考え方。 // ジャンル:心と身体

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